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遅読のすすめ
先日、テレビを見ていて速読を取り上げていた。ビジネス社会において、資料的な読み方にはいいと思うが、個人的には好きになれない。書き手の一番いいたいことは何なのか。目次を読みとり、重要なポイントに迫る。そういった読み方は本当に読書いえるのだろうか。世間では、よく速読が成功法のようにいわれ、月に何十冊も読みこなすのが偉いことのように思われているが、それは単なる徒労であり、本来の読書とはいえない。以前に読んだ広告界の先輩、名作コピー読本でお馴染みの鈴木康之さんが、「一年に何百冊のもの本を読むという猛スピードの速読は、資料探しや情報収集に役立つかもしれませんが、本来の読書からいえば書き手に対して失礼なことだと思います。
書き手はじっくり考え、思い入れ深く、意味深く、書いているのですから、ちゃんと対等に付きあわないと読書とは言えないはず。もっと、そこに書かれている文章をよく噛み締めて味わうことが大切です。速読で大量
に読んだつもりになっていても、結局は頭の中や心の中に何も残りません。書き手の気持ちになって、ゆっくり文字とことばを楽しみましょう。遅読こそ、人生を豊かにしてくれる気がします」とおっしゃっている。まったく同感、気に入った本こそ、遅読してこそ、作者の心と一体となり、味わえる読み方だと確信する。
傘の盗難のはなし
JRの忘れものの一位といえば傘らしい。降りる時、雨が止んでいたら大事な傘を忘れてしまう人も多いのかもしれない。特に梅雨の時期は気まぐれな空模様だけに、気をつけたいところだ。だが、忘れなくても自分の傘が姿を消すことがある。お店の入口の傘置きに入れたものの、返りに自分の傘が見つからない。どうみたって、間違うはずない傘がぽつんと残されている。そんな馬鹿なと心に雨を降らせながら帰途についた。ある人にいわすと「傘は天下の回りもの」という。人の傘を勝手に無断で盗んで許されるはずがない。自分さえよければいいのか。個人の傘は共有物ではない。たかが傘という軽い気持ちかもしれないが、立派な窃盗罪である。情けない話だ。
♪雨に唄えば
梅雨の季節ですね。みなさんはどんな傘がお気に入り?最近やたらとビニール傘の需要が増えたと思いませんか。いざという時、コンビニですぐ買える手軽さはあるものの、それがメインじゃ、ちょっと寂しい感じ雨が降れば、雨を楽しむ。そのためにもお気に入りの雨具を使いたいですよね。余計なお世話か、これまた水をさしましたかな(笑)
御室流華道・中嶋皐月さん
新緑まぶしく、五月晴れの心地よい5月17日(日)・18日(月)、御室流華道総司庁主催の『御室流華道
第93回 流祖奉献全国挿花大会』が総本山仁和寺でおこなわれました。紫光会からは、杉本光月先生、坂本美智月先生、中嶋皐月先生、菅谷久美月先生の4名が出品。いずれの作品も素晴らしいものばかり。目も心も洗われたしだい。
http://www.satsuki-n.com/

伊根の船屋。
風情豊かに心にも潮が満ちてゆく。日本三景のひとつ天橋立。ここからなおクルマで40分ばかり、丹後半島の突端に伊根町はあった。
日本海とは思えないほどの穏やかな海を抱く伊根湾にはここ特有の船屋が並ぶ。住居と舟倉が一体になった船屋。道路側の玄関をみると普通
の住居に見えるのだが、一歩中に入ると、そこは舟倉。開け放たれた裏口にはもう足下まで波が寄せている。
二階に上がると、そこがいわゆる住居部分になっている。しかし、本来の住居ではない。船屋と通
りをはさんだ山側にあるのがほとんどである。 このあたりの一帯は、かなり古くから丹後半島の漁業の中心として知られていた。湾口に椎の木の原生林からなる青島をもつ波静かな伊根湾では、江戸時代中頃までは鰤や鮪からなんと鯨までが盛んに捕られていたという。なかでもここで捕れる鰤は丹後鰤と呼ばれ、その味のよさは広く知られ、貝原益軒が「丹後与謝海図誌」に取り上げたほどである。久しぶりに訪れたら、なんと海から船屋を見ることができるようになっていた。これまた感動だ。
大原神社(おおばらじんじゃ)
京都府福知山市三和町大原。京都府の西端、福知山市街より約20キロメートル、綾部市街より約10キロメートルの地に位
置し、由良川に合流する土師(はぜ)川が流れる、のどかな山あいの町。まさに山紫水明の聖地、そこに1157年の歴史をもつ大原神社がある。ご祭神は、国産みの神・イザナミノミコト(伊邪那美命)を主神に、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読命(つきよみのみこと)。荘厳な雰囲気の境内には、社殿、火神神社、水門神社、絵馬殿などが鎮座し、古くから安産や五穀豊穣の神として、また最近では交通
安全の神として知られ、多くの参拝者で賑わう。ここを参拝することをオバラザシ(大原志)といい、近松門左衛門の浄瑠璃「源三位
頼政」にも登場する。 社伝によると仁寿2年(852)3月23日に三和町大原の地に創建されたと伝えられ、丹波誌によると創建は元社である美山町樫原の大原神社のことであり、弘安2年(1279)9月28日に三和町大原に移されたとある。
大原の産屋(おおばらのうぶや)
前に神々しい大原神社の杜を眺め、人家より川をへだてた閑静な地に、敷地わずか約3坪の地に、茅葺(かやぶき)、切妻屋根(きりづまやね)をそのまま地面
に伏せたよう な天地根元造(あまちこんげんづくり)という、古い建築形式で造られた産屋がある。屋根の合わさる「妻」の方向から出入りし、古くは古事記や日本書紀にも著されている。ここ大原では、出産の折、12杷(わ)の藁を持ち込み、出入り口には魔除けとして古
鎌(ふるがま)を吊り、7日間こもって出産していた。この習慣は大正年間まで続き、
また産後3日3夜こもる習慣は、昭和23年頃まで続いたといわれる。


 
文覚堂(もんがくどう)
▼山陰線八木駅から大堰川に架かる大堰橋を渡って北へ約四キロ▼八木町(現南丹市)室橋(むろはし)に如城寺がある。その西の文覚池は鎌倉前期、高雄の神護寺中
興の真言宗の僧、文覚上人が水不足に難儀していた農民のために開削した▼文覚堂」は室橋の小川の上に。上人が用水の流れを見た所であり、上人の恩を忘れないようにと建てられた
▼昨今、圃場整備工事中で解体されている---。 絵と文・岩田重義さん 月刊京都 「京を描く」2008年9月号より
新春のお慶びを申しあげます。 旧年中は大変お世話になり、ありがとうございました。
何かと厳しい世の中となり、暗いニュースばかりですが、 時代のせいにしていても仕方ありません。
こんなときこそ、原点に戻って、ひとの心、感謝の心を どこに見い出すかが問われているように思います。
もの、こと、かたち、熱きハートのコミュニケーション。 ことしも英知&愛をさらにパワーアップして、
より一層お役に立てるよう全力を傾ける覚悟でございます。 何卒、ご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申しあげます。
丑歳 元旦
有限会社橋本広告事務所 橋本 繁美
牛がいた。
私が生まれ育った田舎、八木(南丹市・旧船井郡)の家には、家族とともに
牛がいた。農耕用のために飼われていた牛で、親父は人一倍の愛情をそそいでいた。天気の良い日には庭に牛は繋がれていた。いまでは機械化がすすみ、そんな光景はすっかり消えてしまったが、あの時の大きくて、やさしいまなざしは今でも記憶に残っている。そうそう牛といえば、菅原道真公を祀る学問の神様で名高い天神さん(北野
天満宮)がある。母親が女学校時代によく来ていたところらしい。正月を過
ぎれば、白梅や紅梅がちらほらと咲き始める。家族の幸せを願って、その 境内に横たわる牛を撫でる。我が家の近くには吉祥院天満宮がある。これも何かのご縁だ。こちらも、もっと
もっと名でるよう頑張りたい。どうか本年もよろしくお願い申しあげます。
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