|
|
|
●エイチ・アイ通信も楽しいよ! Click!!
|
母の引力。「子が、親離れするころ。親は、その親のことを思う。」というキャッチフレーズで始まる今朝の積水ハウスの新聞広告。我が尊敬するコピーライター岩崎俊一さんの作品だ。本文は「(略)その息子もようやく結婚が決まって、巣立っていった。ひと安心すると、こんどは離れて暮らす、自分の親が気になる。『まだまだあなたたちのお世話にならないよ』と、母は元気に笑うけれど。子は親を離れ、子は親になり、そして、子は親を思う。家族はつづく。(略)」。かつて同シリーズで「土曜のイヴは六年来ない。」という名作があったのを思い出す。父親、娘、息子、女房といった我が家という家族を通して、自分たちの親のことを思う。そこでも「(略)子どもたちの成長を喜ぶ気持の裏側で、どこかさびしい思いがしていたのは僕だけではないのですね。(略)君とぼくが遊び歩いていた頃、ぼくたちの親も、そんな思いをしていたのでしょうか。(略)娘によると、今度の土曜のイヴは六年先になるそうです。その間、君やぼくの家族に、どんな変化が、おきているのでしょうね。せっかくのカレンダーの心配りです。(略)」。朝からジーンと胸に迫るいいコピーに酔いしれた一日の始まりだった。2010.09.17岩崎俊一さん。コピーライター。一九四七年、京都市生まれ。同志社大学を卒業後、レマン、マドラなどを経て独立。TCC賞、ADC賞、読売広告大賞、朝日広告賞、毎日デザイン広告賞など受賞多数。 できれば大安吉日。昔から冠婚葬祭などの日取りを決めるときに、「大安なのでこの日に結婚式を挙げよう」とか、葬祭の日を決めるのに「友引なので葬式を繰りあげよう」などという話をよく聞く。ここで使われている「大安」「友引」などは、古代中国の「六曜(ろくよう)」という暦の考え方にもとづき、三国志で有名な諸葛孔明(しょかつこうめい)が戦いの際、吉凶の日を知るのに利用したことに端を発しているといわれる。この六曜が日本に伝わり、江戸時代の半ばから急速に広まったそうだ。現在、使われている六曜の日には、次のような意味がある。先勝(せんしょう、せんがち)午前が良く、午後は悪い。友引(ともびき)正午のみが凶。先負(せんぷ、さきまけ)午前が悪くて、午後が良い。仏滅(ぶつめつ)一日中、最凶の日。大安(たいあん)一日中、佳い日。良日。大安吉日という。赤口(しゃつく、しゃこう)昼だけが吉。朝夕は凶で、災に出会いやすい。 遅読のすすめ。先日、テレビを見ていて速読を取り上げていた。ビジネス社会において、資料的な読み方にはいいと思うが、個人的には好きになれない。書き手の一番いいたいことは何なのか。目次を読みとり、重要なポイントに迫る。そういった読み方は本当に読書いえるのだろうか。世間では、よく速読が成功法のようにいわれ、月に何十冊も読みこなすのが偉いことのように思われているが、それは単なる徒労であり、本来の読書とはいえない。以前に読んだ広告界の先輩、名作コピー読本でお馴染みの鈴木康之さんが、「一年に何百冊のもの本を読むという猛スピードの速読は、資料探しや情報収集に役立つかもしれませんが、本来の読書からいえば書き手に対して失礼なことだと思います。 書き手はじっくり考え、思い入れ深く、意味深く、書いているのですから、ちゃんと対等に付きあわないと読書とは言えないはず。もっと、そこに書かれている文章をよく噛み締めて味わうことが大切です。速読で大量 に読んだつもりになっていても、結局は頭の中や心の中に何も残りません。書き手の気持ちになって、ゆっくり文字とことばを楽しみましょう。遅読こそ、人生を豊かにしてくれる気がします」とおっしゃっている。まったく同感、気に入った本こそ、遅読してこそ、作者の心と一体となり、味わえる読み方だと確信する。京の音京には、心に響く音がある。「コンチキチン」と祇園囃子が流れる、京の夏。歴史、伝統、規模ともに日本一を誇る祇園祭は、日本三大祭りのひとつ。京都の人々から“祇園さん”と親しまれている八坂神社の祭りである。869年、京の町に悪疫が流行した時、全国66の国の数になぞらえて長さ2丈の鉾66本を立て、疫病退散を祈願したといわれている。祇園祭といえば、7月15日の宵々山、16日の宵山、17日の山鉾巡行が有名だが、祭りは7月1日の切符入から約1カ月にわたって行事が繰り広げられる。まさに町衆の熱き思いが込められた祭り。この祇園囃子が町筋に流れると、京都に本格的な夏が訪れることになる。京の色京には、心洗われる色がある。晩秋を彩る京の紅葉。澄みきった空気、楓や銀杏も時雨や霧にしっとり濡れて、ほのかに色づく秋の情緒。まるで山々が燃えるように変化していく。眺めているだけで、自分までも紅葉に染まってきてしまうから不思議だ。京には紅葉の名所は多くあるが、もっともポピュラーなところでは嵐山。平安時代から貴族たちの賞翫するところとなり、景勝をたたえた和歌もいくつか残されている。京の屈指の名所は、高尾、槇尾(まきお)、栂尾(とがのお)。紅葉のシーズン中は、紅葉狩りの人々で賑わうところだ。絢爛と彩る楓の紅葉、そして散り紅葉が映える錦の絨毯を愛でるのは、格別の趣がある。静かな山道を辿る時、足もとから樫の落葉の音を聞けば、もう秋は終わりに近づく。京の形京には、自然と一体となる形がある。上賀茂神社の庭には、円錐形の麗しい御神体山である神山をかたちどった立砂がある。神様が降りられる一種の依代(よりしろ)であり、鬼門、裏鬼門に砂「清めの砂」をまくのは、この立砂の信仰が起源。つまり清めの砂はここからきている。ここ上賀茂神社の祭神は別雷(わけいかづち)大神で、自然神なので御神体は置かれていない。正式には、賀茂別雷神社といわれ、下鴨神社とならび京都最古の神社のひとつである。京の古刹には張りつめた神経を癒してくれる豊饒な時間と空間。まさに京にしかない、形という心がここにある。京の香京には、心やすまる香りがある。香をたき、仏前に手を合わせる。衣裳箪笥をあけると古い小袋が薫る。茶席に入るとほのかに芳香が漂う。香は知らず知らずのうちに、京都人の暮らしにすっかり溶け込んでいる。香は仏教と密接なかかわりを持つ。もともと香は薬物であって、その薬事的効果と、香をたくことによって不浄を払うという浄化思想とが仏の教えに欠かすことのできないものだったと思われる。古くから伝わる「香十徳」には“感性は研ぎ澄まされ”“身も心も清浄にし”“よく汚れを除き”“よく睡眠を覚まし”“静けさの中に友となる”“多忙な中に一時の閑を創り”“多くともいやに思わず”“少なくとも十分に足りる”“長い間保存しても朽ちず”“常用しても支障はない”と、香の多岐にわたる効用が述べられている。薬用効果だけでなく、心に清浄感与え、精神的安定をもたらすという。京の町には長い歴史と文化が秘められた香りがあちこちに存在する。だからこそ、心が落ち着くのかもしれない。京の味京には、食文化を育んだ水がある。京は水に恵れた地。ここは、良質の水が湧き出る伏見・御香宮神社。伏見はもともと“伏水(ふくすい)”と書いたほど、美味しい地下水が豊富なところ。この神社は862年9月9日に芳しい清泉が湧いたとの伝えがある地で、その水の香りは四方に薫じ、口にした病人はたちまち病気が治ったといわれる。そんなめでたい現象が評判を呼び、当時の清和天皇から「御香宮」の名を賜り、以来、霊水として信仰されてきた。環境庁の名水百選にも選定されている。この水があってこその伏見での酒造りがある。伏見の水でできた酒は、舌にも柔らかい。酒どころ伏見は、清冽な味わいが楽しめる。伏見の酒と共に育ったのが、永い歴史と伝統に培われた京料理。目で、舌で、愉しむ洗練された味は、しんみりと心にまでしみる。良質の水によって、さまざまな食文化が生み出されたのである。京の心京には、いまも風流な心がある。朝はやく都大路を歩けば、雲水と呼ばれる修業僧の托鉢する姿と出会う。読経と鉦の響き、遠ざかる足音。その黒染めの衣装が、寺院の長い塀の角に消えていくと、その後姿を追うようにピーンと張りつめた空気が通り過ぎ、なぜか体の芯から浄化されていく感じがする。ここは、古寺名刹が数多い京の町。794年の平安建都から今日まで1200年以上もの歳月をかけ、都市としての成熟をゆっくりと重ねてきたところ。かつて都があった京だけに、全国から名工や名人たちが集まってきて、さまざまな分野でしのぎを削り、技を競いあってきた。そのおかげで、生まれた京文化の数々。京ならではのこだわり。日本の心、日本のエッセンスにふれることができる町である。
|