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むかし、広告は福音だった。うれしい知らせだった。ひとにぎりのへそまがりを除けば、それを疑う者はなかった。いまテレビに流れているボボンS(シオノギ製薬)のCMを見ると、そのことはよくわかる。
♪ボンボンポボン ポボンボンS と、はずむように歌いながら画面のなかをはねまわる若い主婦。やがて彼女は夫や子どもたちと土手の上で電車ごっこをはじめる。「ポボンSを求めよ、しからば家庭の幸福が得られん」という福音が、そこにはゆるぎない信念をもって語られているのだ。◇と言っても、もちろんこれは昔のCMをそのまま流しているわけではない。黄色く退色した画面 といい、昔のレコードみたいにシヤーヤーいう育といい、いかにも1960年代初頭のCMらしく作ってあって、うっかり者はだまされるかも知れないが、画面 のなかをはねまわっている元気な主婦を見ればすぐわかる。古い画面のなかに完全にとけこんでしまっているけれど、あれは小林聡美サンその人である。◇というわけで、このCMは、見ていてけっこう笑える。なつかしさ半分とおかしさ半分で、ぼくも思わず笑ってしまったのだが、これが笑えるということは、ぼくらにとって広告が、もはや福音ではなくなったというとのアカシでもあるだろう。◇そう、広告はしばらく前から、“うれしい知らせ”ではなくなって“おもしろい知らせ”に変わってしまった。たとえばビタミン剤広告は福音だった?の広告の役目は、ポボンSとアリナミンAのどっちがうれしい結果 を約束してくれるかを伝えることではない。商品を語る語り方のどつちがおもしろいか、センスがいいか、その争いに勝つことが広告の仕事になっているのだ。◇昔、広告が福音だったころのCMを再現したポボンSも、もちろん例外ではない。ここでのポボンSは、昔の自分のCMを自分でパロディーにすることで、つまり昔の自分のCMを自分でハハハと笑うことで、″おもしろい知らせ″の競争に参加していると言っていいだろう。◇それにしても、小林聡美という人は、あの時代にもちゃんといた人は、あの時代にもちゃんといたんじゃないかと思えてくることが、不思議というか、こわいというか。
(2003.09.03付 朝日新聞より)

くじ取り式  山一番は油天神山
祇園祭の山鉾巡行(7/17)の順番を決める「くじ取り式」が2日、京都市中京区の京都市役所/京都市議会議場で開かれた。長刀鉾に続く「山一番」は油天神山が引き当てた。◇午前10時、各山鉾町の関係者が羽織はかま姿で集まった。慣例で先頭に決まっている長刀鉾など「くじ取らず」の8基をのぞく24基の代表が順に議長席に進み、くじを引いた。立ち会いの桝本頼兼京都市長にくじの紙を見せ、順番を読み上げた。
◇今年の巡行順は次の通り。(太字はくじ取らず) 【さきの巡行】@長刀鉾A油天神山B保昌山C郭巨山D函谷鉾E孟宗山F四条傘鉾G占出山H菊水鉾L太子山J伯牙山K木賊山L鶏鉾M白楽天山N綾傘鉾L蛸城山P月鉾L芦刈山L山伏山S畷天神山S放下鉾S岩戸山S船鉾【あとの巡行】M北観音山S橋弁慶山S鈴鹿山P浄妙山S八幡山S役行者山S鯉山J黒主山K南観音山 (7/2付 京都新聞夕刊)

若者は「携帯メール」通信手段に世代差
携帯電話も30代が境 「もしもし」よリピピピー
10代、20代の若者は携帯電話のメールを多用し、携帯電話が手放せなくなっている実態が19日、文化庁がまとめた日本語に関する調査で浮かび上がった。◇人とコミュニケーションする手段を3つまで回答してもらったところ、全体では「直接会う」が94%で最も多く、次いで「(固定)電話」78%、「携帯電話」37%、「手紙・はがき」25%、「携帯メール」18%、「電子メール」9%の順だった。 ◇「携帯メール」は世代差が大きく、10代は67%、20代も53%に上ったが、30代になると25%と半分以下に減り、年代が上がるほど少数派に。◇「携帯電話」も10代61%、20代72%に対し、30代以上はどの年代も50%未満だった。◇逆に「電話」は10代38%、20代41%だったが、30代は75%、40代88%と年齢に連れて高率になり、30代を境に携帯と固定電話の利用状況が逆転している。◇携帯電話やメールの影響としては「手紙などをあまり利用しなくなった」「漢字を正確に書く力が衰えた」がそれぞれ全体の40%を超えた。若者層は「携帯メールの着信が気になってたびたび確認する」が10代で46%、「口で言えば済むことでもメールを使う」が同41%と、生活習慣にまで影響を与えているようだ。(6/20付 京都新聞)

慣用句「ゆゆしき」事態
「つとに」「けんもほろろ」…わからない8割。
「心もとない」10代、「いたたまれない」文化庁。

「つとに」「けんもほろろ」−。10代の8割がそうした慣用句などの意味がわからないという結果 が19日、文化庁の国語に関する世論調査でまとまった。「言わずもがな」や「ゆゆしき」という言葉を使っている人は全世代でも2割以下。文化庁は「こうした言葉が消えないようにするには、古典などに親しんでもらうしかない」としている。◇調査は、今年1月、全国の16歳以上の3千人に面 接し、約2千2百人から有効な回答を得た。◇10の慣用句などを挙げて理解度を尋ねたところ、「早くから」「以前から」などの意味で使われる「つとに」という言葉を使うと答えた人は、10代〜50代までいずれも1割未満しかなく「意味もわからない」と答えた人は10代で85%にのばった。無愛想に人の相談などを拒絶する様子をいう「けんもほろろ」も、10代は78%、20代は58%、30代は29%がわからなかった。◇「言わずもがな」(言うまでもないの意)は20代で54%がわからず、10代は10句のうち9句を3割以上の人が、理解できないと答えた。◇文化庁国語課は「年長の人と話す機会が減ったことや読書不足が背景にあるのだろう」という。(朝日新聞 6/20付)


山口瞳さんの本
大好きな作家・山口瞳さんが人気だ。もともとは寿屋(現サントリー)の宣伝部でコピーライターとして、開高健、柳原良平らとともに活躍した人で、PR誌「洋酒天国」の編集者としても知られる。作家として若い時に本で出会ったのだが、読んだ作品の数々のメッセージが、いろんな意味で血となり、肉となっているのは確かだ。この夏「文芸別 冊総特集・山口瞳」を読んだ。やはり、大人としての生き方を教えてくれたといっても過言ではない人だ。山口瞳さんの本は、何度、読み返してもいい。
時代の気分は山口瞳
死後8年、ほとんど絶版だった山口瞳さんの本が売れだした。頑固、説教、飲み助…身の回りにいたら持て余してしまうであろう「オヤジ」のことばに耳を傾ける若者が増えている。かっこよくないかっこよさが脚光を浴びているのか、サラリーマンの哀感が時代の気分になったのか。(加藤修)

ブームの火付け役になったのは、作家嵐山光三郎さんのエツセー「江分利満氏に訊け!」(「諸君!」02年8月号)。嵐山さんは「(山口作品は)時代に対して偏屈であったぶん、かえっていまの時代にぴたりと焦点があっている」と分析する。◇このエツセーの中では、新入社員にあてたサントリーの新聞広告シリーズから「愉快に飲むためには、他人に迷惑をかけてはいけない。迷惑をかけないためには、酒を飲んでいるときに、絶対に他人のことに口を出さないことだ」という山口さんの文章を引用し「いまはこんな忠告をしてくれる上司はいなくなった」としている。◇この紹介でまず『礼儀作法入門』(新潮文庫)が売れ始め、2月に『続、礼儀作法入門』、4月に『山口瞳「男性自身」傑作選熟年篇』が、さらに6月には『山口瞳「男性自身」傑作選中年篇』が新刊で出された。新潮社ではさらに2冊の文庫の 刊行計画がある。◇また山口瞳さんの特集を組んだ小鋭誌「小就新潮」4月号も、首都圏では完売店が相次ぐなどして、通 常の1.5倍近い売れ行きとなった。河出書房新社でも初期の小鋭などを収録した「文芸別 冊総特集・山口瞳」を7月下旬に出す。◇新潮社の佐藤誠一郎出版部長は「オールドファンが懐かしんで買っているだけの売れ方ではない。初めて山口瞳を読む若い読者も増えている」とみている。◇内田百けん、山本夏彦らひと昔前の大人、特に「中年男」のにおいがする文章が、この数年、もてはやされていることは確かだ。それにしても、なぜ今、山口瞳なのか。◇「傑作選中年篇」の編者でもある作家の重松清さんは「特に『中年篇』での山口さんは戦争の生き残りであることの居心地の悪さ、申し訳なさを背負っていた。それがバブル・オウム事件後の僕たちの居心地の悪さにも通 じる」と分析する。◇「一度消えたからこそ若い読者に新鮮なのでは。無頼派もかっこいいけど、市民であろうとする覚悟もかっこいい」◇重松さんが最も心に残っている文章の一つは「人生は短い。あっというまに過ぎてゆく。しかし、いま目の前にいる電車にどうしても乗らなければならないというほどには短くない」(「少年達よ」未来は)。◇高校時代から山口さんの文章を読んできた船曳建夫・東大教授(文化人類学)は、全共闘運動のころ「船曳は山口瞳なんか涜むんだ」と驚かれたことがあるという。◇「自分の人生にとって山口瞳の文章が意味あったといえるようになったのは、90年代半ばから。山口さんは自分の限界が分かっていて、いわば、自分でちらかしたものは自分でかたづけるということを貫いた生きることの教養人でした」◇船曳さんにとって山口瞳といえば、『江分利満氏の優雅な生活』の「おふくろのうた」の次の場面 だという。 ◇「俺はまだ30代を過ぎたばかりだ。だからまだ、だからまだ、何かが…」◇「時間がたってしまうことの哀しみと、まだあるべき自分ではないという思いがこもっています。山口瞳は、生涯、だれを先生にするか探しまわっていた人でした」 ◇もう一つの人生、もう一人の私…。バブル期のような無制限な上昇志向ではなく、リアリストとして生きることを強いられる不況の時代だからこそ、山口節はいっそう輝いてみえる。

山口 瞳(やまぐち ひとみ)
1926年、東京生まれ。寿屋(現サントリー宣伝部)に入り、「トリスを飲んでハワイヘ行こう」などのコピーを作った。PR誌「洋酒天国」の編集者としても、開高健、柳原良平らとともに活躍。『江分利満氏の優雅な生活』で63年に直木賞。79年『血族』で菊池寛賞。「週刊新潮」のエッセー「男性自身」は連載期間が31年に及んだ。95年8月死去。(朝日新聞 6/11付より)

      
6月3日の讀賣新聞夕刊に、我がタケッちゃんの記事が大きく載った。いままでも、数多くのマスコミに取りあげられているが、いい話なのでここにも掲載させていただく。
技あり関西 すそ野からの挑戦
五輪ウェアにも採用『吸湿発熱繊維』

大阪市住之江区のミズノ商品開発部主任技師 荻野 毅さん(45)
繊稚が進化し続けている。人体から出る水分を吸収すると発熱する吸湿発熱素材「プレスサーモ」は、アウトドア・スポーツの定番ともいえる商品になった。さらには汗を大量 に吸いながら乾くの が速い繊維、汗をかくと肌のうるおい成分が出る繊維も、この春に相次いで登場。温かいのはウー ルや羽毛、肌に優しいのは綿という、これまでの繊維の常繊が覆りつつある。◇開発の中心になった荻野さんは、日本では数少ない文部科学省認定の技術士(繊維部門)。主力 商品の「プレスサーモ」の開発は、ピンク色の乾燥剤との出合いから始まった。「これはいける」と直感したが、「繊維に発熱させる」という発想が画期的過ぎて、周囲は半信半疑の目。「自分の感覚がおかしいのと違うやろか」と自信を失いかけることもあったが、苦労の末にようやく商品化 に成功し、この冬はアンダーだけで目標の百十万枚を超える百二十七万枚を販売した。◇繊維の百科事典と言われる「繊維便覧」(繊維学会議)の次の版には、荻野さんが書いた「吸湿発熱素材」の項が加わり、新素材は公に認められることになる。
自分を信じ快適性追求
談 21年前にミズノに入社してから、ウインタースポーツのウェアの開発ばかりやってていましたが、温かいのは断熱性の高い素材とされていたことに疑問を持ち続けていました。汗をかくと、ベタベタになり、乾くと気化熱で体が冷えるんですね。◇忘れもしません、運命的な出合いは11年前の夏に訪れました。東洋紡が開発した吸湿性の高い新素材「N38」を「何かに使えませんか」と売り込みにきました。濃いピンク色の綿状の素材を手のひらに乗せて、試しに目の前にあった麦茶をかけると、パッと熱くなったんですよ。水の分子が素材の持つ水酸基に触れた時に吸着熱が出た訳です。「これは使える」と直感的に思いました。◇それから人工気象室でさまざまな気象を再現するなどして、発熱量 や発熱時間、吸湿性などを調べあげました。その結果、「N38」を35%から40%、残りをポリエステルの比率で混ぜると、冬場のウェアとして最も使い良いことが分かり、プレス(呼吸)とサーモ(熱)を合わせて、プレスサーモと名づけました。◇プレスサーモは、94年のリレハンメルの冬季五輪で日本選手団のウェアの中綿としてデビューしました。選手団の間では「温かいウェア」と評判になりました。◇その後は紡績、編み、染色技術を確立し、今ではシャツやアンダー、手袋、靴下など幅広い製品の素材なっています。 とんとん拍子に進みましたね。(聞き手)
テスト漬け効果体感
談 とんでもない、苦労の連続でした。「N38」は濃いピンク色で、染めることが出来ない。そこで、組み合わせる繊維の方を染めてカムフラージュすることから始めました。最初は男性用は濃い紺か黒色、女性用は元のピンク色の製品しか出来ず、家内には「ダサい色ね」と言われたものです。◇その後は、補色を組み合わせわたり、ピンクそのものを薄めたりする技術を確立し、今では黄色、黄土色、ブラウンや薄い色も出せるようになりました。◇それに、当初は「吸湿発熱」という概念が世間では認知されていなかったので、他のメーカーからは「何を言うてまんねん」という目で見られ、社内でも「本当にものになるのか」と心配する声もありました。商品化される合意も約束もない状況の中で開発していると、自分で信じているつもりでも「この繊維は本当に温かいのやろか。自分が温かいと思い込んでいるだけやないかな」という気になってくるものです。◇とりつかれたように、この繊維を着続けてテストをしました。開発を始めて3年目の夏、クーラーをかけて寝たのに、ゆでダコのような状態になって目が覚めました。この時、「繊維は本当に発熱している」と確信しました。
他にも新素材を次々と開発していますね。(聞き手)

脱石油へ優しい品を
談 この春にデビューした「アミノヴェ−ル」は肌の天然うるおい成分であるアミノ酸を、化学反応で繊稚に結合させたものです。アミノ酸は水では溶けませんが、汗には反応して溶け出し、肌をしっとりきせます。◇同じ時期にデビューした「ドライベクター」は、サラッと吸湿し、カラッと速乾するように素材を混ぜ合わせた製品です。山歩きはポリエステルのシャツがいいと言われていますが、この定説を覆したいですね。このほか、別 の研究グループは、清涼感と快適性のある素材「アイスタッチ アンダーウェア」を開発しています。◇このような新機能を持った素材を開発する技術は、日本は世界一です。繊維業界は中国に押され気味ですが、ニーズとか快適性を追求した繊維が日本のお家芸になれば面 白いですね。◇これからは脱石油の時代です。2020年にならないうちにトウモロコシなどをうまく繊維にして、人間にも自然にも優しい製品が開発されるでしょう。そういう繊維と、ミズノ独自の機能を持つ素材をジョイントさせて、優しくて高機能の商品を作りたいと思っています。(聞き手 福田徹)
ひらめきに感心
繊維技術コンサルタント業「日本テクノボーン」社長塩谷勉さん◇私が以前に東洋紡の技術士をしていたころから荻野さんとお付き合いをしているが、彼のひらめき、意欲、熱意にはいつも感心している。プレスサーモのもとになったのは東洋紡が開発した新素材「N38」だが、東洋紡としてはこの素材は衣料用として展開できないと考えていた。個人的に彼の開発のお手伝いをしてきたが、ここまでの商品になるとは思わなかった。彼のパーソナリティーあってのことだろう。これからも、消費者に快適な商品を届けられるよう、信念を持って開発を続けてほしい。
三宅宏司のテクノ講座
手技はハイテクの先端

鋼の表面を平面に仕上げる作業に、キサゲ仕上げというのがある。もちろん手作業である。◇今では平面 研削盤で機械仕上げを行うのがほとんどである。機械仕上げの鋼の平面は、鏡の表面 のように ピカピカに磨かれている。粗仕上げから中仕上げまでは、研削盤で行う。◇ここまでは同じだが、最後が違う。手作業で仕上げるには、刃先の平らな長い彫刻刀のようなキサゲを使う。◇これを両手で持ち、片方の端を腰に当てながら、鋼の表面 を削るのである。可能を限りの平面度が要求さ れるものに、彫刻刀のようなもので表面 を削るのだから、表面がわずかではあるが凹凸状になる。◇どちらが“モノ作り”の現場で重宝がられるかと言えば、キサゲ仕上げの方である。◇鋼と鋼がすり合えぼ、磨耗しやすく、摩擦熟も生じる。温度が変化すると、綱が反ったり曲がったりする。そこで給油が必要になるが、機械仕上げのものはすぐに油を押し出してしまうが、キサゲ仕上げの方は凹部分が格好の人工油だまりになってくれる。◇世界トップの工作機械メーカーと肩を並べる国内の中小企業の何社かは、若い仕上工たちにキサゲ仕上げのような技術が確かなものとして受け継がれている。手技のローテクが、実はハイテクの先端にある。 (2003.06.03 讀賣新聞夕刊より)

BMW日本法人ヤナセと提携
首都圏の販売テコ入れ

独BMWの日本法人、ビー・エム・ダブリユー(千葉市)は十日、輸入車販売最大手のヤナセと販売提携することで合意した。同日午後発表する。BMWは昨年の日本での販売が三万五千七百台、前年比〇・九%減だった。ヤナセが得意な高級車の販売力を活用して、最大市場である首都圏の販売をテコ入れする。▽今者にも首都圏のBMW販売店の一部を、ヤナセに営業移管。同店をヤナセはBMW専用のディーラーとして運営する。▽BMWは今年、最上級車種の「7シリーズ」を強化するほか、主力モデルの「5シリーズ」を年末に全面 改良する計画。▽国内の輸入車ブランド別販売でBMWは三位。現在百八十七カ所の販売店を持つが、今後二百カ所以上に拡大する。高級車販売のノウハウを持つヤナセと組むことで販売店の質の向上にもつながると判断。国内シェア上位 の独フォルクスワーゲン、独メルセデス・ベンツを追い上げる。ヤナセはメルセデス・ベンツや独アウディの販売が主力。二月六日付で伊藤忠商事が筆頭株主となり、経営再建を急いでいる。(2003.02.10日経新聞夕刊より)